「審判の部屋を使用する!?本気ですか!!」
「……無論、私は使いたくなかった。しかし、命令が下された今、どうにもできないのだ」
大きな声が、響き渡る。
頭を抱えるように、青い顔をしている白髪とひげを蓄えた老人…というには、まだ若い人物。
今回の任務の責任者である、Mr.D。
そんな、上司である彼に向かって怒鳴り込んでいるアコモ・デートラックは、
彼の言葉に憤慨し続けている。
「命令!?上があれの使用を許したのですか!?あれの危険性をわかっていて!?」
「…その通りだ、あれは非常に危険だ。しかし、今動いているマクガフィンをスパイに渡す方が、危険だと上は判断した様子だ」
彼女が珍しく怒りを見せている理由はただ一つ、最近天照に輸送された、あるマクガフィンの存在だ。
マクガフィン………M-0004、通称"審判の部屋"。
彼女は、この組織に所属して長い。
故に、それの存在について、それを使った際の結末を、知っているのだ。
「……いえ、大変失礼しました。
確かに、上も正しい…スパイも助けようなどとする余裕はこちらにはないのですから。けれど」
「わかっているとも、君が怒りを見せているのは、”確認”……"財団メンバーによる多数決"で執行することについてだろう。
君は…いや、君を含めたベテランたちは、あれの投票に参加したことがあるのだから…」
"審判の部屋"、室内に閉じ込めた人物を対象に、必ず真実を追求することができるマクガフィン。
いっけん、危険性は皆無のように聞こえるだろう。
しかし、その実態は非常に恐ろしい。
真実と引き換えに、部屋に閉じ込められた対象は、永久に部屋から出ることができない。
どこかへワープしたのか?つぶれたのか?消えたのか?別世界に移転したのか?
その”真実”すら、財団に所属しているものたちは知りえない。
なおかつ、”審判”を行った時点で、冤罪・有罪関係なく、対象は死刑を執行されたのと同義なのだ。
現在、13人ものスパイが入り込んでしまっている今、一人だけに”確認実行”をさせるわけにはいかない。
それを、アコモはわかっている。MrDも、管理人、責任者として苦渋の決断をしていることも。
けれども、アコモにはそれがわからなかった。
マクガフィンの被害を、”実際に受けた、被害者である彼女”には、わからないのだ。
いくら情報を手に入れるためとはいえ、冤罪かどうかも判別する前に、入れられてしまう状況に。
なおかつ、それを“まだ審判を下したことのない若い者たちに体験させる”ことが、わからないのだ。
「………アタシを含めた今いる大多数のメンバーは数年間で、審判の部屋に関しての事実はちゃんとわかっています。
今、そうすることが必要であるという状況なのも。
けれど、よりにもよって、”新入り”にもやらせる意味がわからないのです!!」
「……しかし、遅かれ早かれ、彼らも、彼女たちも、経験するべきことなのだ」
「未成年なのに!?まだ、子供だといえる年齢なのにですか!?
確かに若くしてここに所属できるものは財団の中でも優秀でしょう!
アタシのようにマクガフィンの実体験をしているわけでもなく、実力ではいった彼らは!
しかし、心はそうじゃない!!あたしは、せめて制限をかけるべきだと」
「現実を見るんだ、アコモ・デートラック」
アコモは、怒りが抑えきれず、感情的なままにそれを吐露していく。
MrDの客観的事実を聞いても…かわいがっている後輩たちに、地獄を経験させるべきではないと高らかに叫ぶ。
ひたすらに、アコモは感情を彼にぶつけ続ける。
そんな彼女に対して、MrDは、彼女の言葉を静かに遮り、”責任者”としての顔を見せた。
「年齢で判断するべきではないのだよ。君は若いからといって、スパイを逃がす気か?
それはいけないことだと、わかっているだろうに。
たとえやりたくなくても、させたくなくても、やるしかないのだ!こうなってしまっては!」
彼は、事実と正論を使って、そして苦痛を隠して彼女をしかりつける。
彼に叱咤され、アコモは泣きそうな表情を見せる。
彼が、責任者としての責務を全うしようとしていることを知っているからだ。
「……せめて、スパイであると確信できたものだけにしよう。…冤罪者だけは、出すべきではないのだから」
「…………はい」
………アコモは祈る。
どうか、最悪の結末だけは起きないでくれと、神へと祈る。
これから起きるであろう、地獄の”選択”。
間違った選択を選んでしまうことを。
選ばなくとも、若いものたちの心が壊れないことを。
壊れきれない、感情的な彼女は、ただひたすら祈る。